田舎もん大学生のネパール日記

休学して一年間ネパールでインターンしている大学生のブログです。

明日社会が変わるわけではない。でも・・・

ナマステ〜

 

 

くしゃみがとまりません。ゆっきーです。

 

明日はついに教員研修。

 

自分の1年間の活動としては集大成になる。

 

でもネパールの教育にとってはまだまだ小さな一歩。

 

2年前から始まって、初代・2代目のインターン生が土台を築いてくれて

 

学校でのびのび活動できる環境を作ってくれたおかげで今がある。

 

話は変わるが、

 

日本の教育は戦後からほとんど変わっていないと言われている。

 

先生が黒板の前に立ち、生徒が整列された机に座る。

 

先生が黒板に板書したことを生徒が書き取る。

 

宿題が出されて、生徒はやってこないと叱られる。

 

戦後70年以上たった今も授業スタイルはほとんど変わらない。

 

でもその70年間の先生の努力は無駄ではなかったと思う。

 

1950年前後から数年、生活綴方を核にあるいは基礎にした教育実践が全盛を極めた。

 

1951年の無着成恭編『山びこ学校』に代表される実践例。

 

時代は飛んで、

 

今やアクティブラーニングのような洒落た名前の指導スタイルが確立されつつある。

 

最初から教育は正しかったのか。

 

最初から正解を知っている教育者はいたのだろうか。

 

おそらく戦後の様々な実践を重ねてきた先生は誰も教育の正解を知らなかったと思う。

 

それでも教育をやめなかった。

 

そんな先生の努力の結晶が今の私たちの知識の土台を築いている。

 

ネパールでの自分の活動は、プロジェクトが始まった年を日本が再スタートした戦後1945年とすると

 

3年目の今は1948年。

 

1948年に一体誰が、タブレットなるものを目の前に学習する未来を描けただろうか。

 

1948年に一体誰が、「教育とはこれだ」という正解を知っていただろうか。

 

ネパールで明日教員研修を向かれる自分は、まさに戦後のまだ何も確立されていない教育現場と同じである。

 

これからどんな未来がまっているかわからない。

 

もしかしたら自分がやっていることは間違っているのかもしれない。

 

10年後、明日の教員研修の動画を見たらきっと顔を赤くしてしまうだろう。

 

でも誰も正解を知らないんだ。

 

明日は僕にとっては集大成だけど、ネパールの教育にとっては始まりになるかもしれない。

 

始まりはダサくてもいい。

 

始まりは恥ずかしくてもいい。

 

でも誰かが恥をかいてダサいと思われながら始めないと全ては始まらない。

 

初代の携帯なんて肩にかけて運ぶちょー重くて高いものだった。

 

始めて空を飛んだライト兄弟だって、今の飛行機とは比べ物にならない。

 

そんなもんや。始めは。

 

でも大事なのは、きっとうまくいくと信じること。

 

数年先かもしれないし、数十年・数百年先かもしれない。

 

それでもうまくいくと信じること。

 

自分がヒーローになる必要はない。

 

ただ全てはうまくいくと信じること。

 

明日はきっといい日になる

 

ではまた明日。